左近×兼続

欲情








  


PxP=Bのあじゃ様様がこんな妄想語りを具現化してくれました!ありがとう!ありがとうーーー!!











 人の逢瀬ごとなど、ここいらではよくある光景ではないか。それにもとより、自分は他人の陰事に首を突っ込む様な人間ではない。
 なのに――、それなのにどうしてかこの光景からは、まるで吸い込まれるようにして目を離す事が出来なかった。



 軒先を赤い提灯で彩った華やかな繁華街。その繁華街の裏路地を、灯りも持たず、ゆったりと歩く一人の男の姿があった。
 男は、暗い夜道を慣れた足取りで歩き続け、路地を抜けると一層闇に包まれた長い林道へとそのまま足を踏み入れた。歩調を変えずに足場の悪いその道を、ただ前だけを見つめ歩き続けていたその足取りが急にふと途切れたと思えば、男の目の前には、これ以上の進入を防ぐかのように様に鬱蒼と茂った雑草が。しかし男は、そこを手でかき分けて、尚も奥へ奥へと進んでいく。
 雑草をかき分けたその先には、また人一人が歩けるほどの幅に草が倒れた道が足元に現れて――、そこから伸びた道の先、ひっそりと佇む古びた神社が暗闇にぼんやりと浮かぶ。
 男は、その神社を見上げて小さく息を漏らし、足取りを少しだけ速めた。
 それは、神社というには名ばかりの、鳥居も狛犬もおらぬ、もう何年もろくな手入れもされてないような社がぽつんとあるだけで、近くの村人が思い出したかのように活けに来た花が風にカサカサと揺れる、小さなものであった。
 その社の三段ほどの階段でごろりと横になって目を瞑り、男は直ぐに小さな寝息をかき始めた。
 こうしてしばらくここで仮眠を取り、火照った体の熱を下げてから、今度は来た道とは逆の林を進み、そこに現れた川沿いの道をつたって静かな自分の屋敷へと戻る。そして小者が起き始める頃に、一人蒸し風呂で体を綺麗に拭いて、日が上ればいつものように主の屋敷で筆を取る。これはこの男――、島左近にとって、変わらない日常の一部であった。
 いつもならそう。だが、この日ばかりはどうやら少し、いつもと勝手が違っていた。

 それは慣れた女郎と予定が合わず、ついた女郎にうんざりして、いつもより早く小屋を出てきたせいか。
 一人ゆっくりと過す場所であるはずのこの場所に、珍しく今日は来客があった。

 どの位横になっていたか――、ふと遠く、僅かに馬の嘶きを聞いた気がして左近は目を覚ました。
 いくら酔っていても眠気があろうとも、流石は死地をくぐり抜けてきた名将である。直ぐさま体を起こすと、左近は虫の音一つしない、耳鳴りがしそうな程の静寂に耳を澄ました。
 静かな闇に先ほどの物音は空耳か風の音か――そう納得しようとしたときに、砂利を踏む足音を聞いて、左近は腰の刀に手を置いたまま小さく舌打ちをした。

 秀吉の老いが進むにつれ、このところ町外れの治安は悪くなりつつあった。
 刀を一本腰に挿しただけの丸腰に近い装いで、このように人気の無い場所で多数の盗賊に出くわしては、いくら腕に自信がある左近とて多勢に無勢、あまりにこちらは不利である。そろりとこちらに気づかれぬように体制を立て直すと、鞘に親指をかけて、相手の頭数を数えようと耳に神経を集中させた。

――少しだけだから、な、いいだろ」
「馬鹿者! 良いわけがあるか! このような所でこのような事……どう考えても不義にあたる!」
 砂利を踏みしめる音と共に言い争う声が次第に近くなってくる。それでも、出来るだけ声をひそめてはいるのだろう。聞き取りにくいながらも左近の耳に届く声はどちらも低く、どうやら相手は最低でも二人。
 薄暗い中、慣れてきた目を懲らすと、左近の居る社の横手、境内の先に動く四足の動物がぼんやりと見えた。おそらく、声の主達は馬を使いここまでやってきたのだろう。
 ――何だ。ただの忍び逢いか。
 片方の捲し立てる勢いに、もう片方が甘く囁き宥める口ぶりを被せる。内容までは聞き取れ無いが、その感じからしておそらくは、人目を憚る関係の者がここで逢瀬を楽しむつもりなのだろう。頼むからこちらには来てくれぬなよ、そう思いながら左近は聞えぬ程の小さな息を吐いて、またゆっくりと身体を倒した。

 人の陰事など見て楽しいものでもない。放っておけば気が済めばまたどこかに行くであろう――そう高をくくって瞼を閉じたその時に。まてよ、と左近の頭に引っかかるものがある。
(さっきの声、確かどこかで――
 尚もちらほらと耳に届く声、それに左近は聞き覚えがあった。捲し立てる特徴的な言い草に、返すはこれまた覚えのある擦れ声。
 それに
(不義なんて言葉、そうのべつに聞くものでもないよな)
 いやだがしかし、まさか、と自分の考えを否定しつつも身体を起し、左近は首を伸ばして声の主の気配を探った。その時、丁度社の裏側、その林の中に草を踏みしめる音を聞いて、左近は階段を下りて音を立てぬようそっと裏手へと回った。
 近づくにつれくぐもった声がはっきりと聞き取れるようになり、左近の憶測は次第に確信めいたものへと変る。

「こら! 私とてこれは本気で怒るぞ」
「わりい。けどもう止められそうにないよ」
 抵抗しているのか、乾いた雑草が揺れる音に荒い息が重なり合い、静寂に慣れた耳にいやに響く。人影が視界に入った所で左近は膝を付き、じっとその先の闇に目をこらした。闇夜の林で、大きな身体が寄り添いあう姿がぼんやりと浮かぶ。
「ごめんよ、……つぐ」
 もう一人を包み込む程に大きな方の男は、そう何度もやさしく謝りながら、はたけて月明かりに浮かんだ白い首筋に、仰け反る背に何度も優しい口づけを落としていた。流石にそう何度も謝られてついに折れたのか、もう一人の男が仕方なさそうに息を吐いて目の前の木に身を任ねた。それを合図に、大男が彼の着物を巻き上げて、露になった尻の間に、手に余る程の大きさの自分のものを取り出すと、ゆっくりとそこへとあてがった。
 じわりじわりと押し進められるにつれ、大男と木にしがみついた男の距離が近くなる。深みが進むにつれて、それから逃れるように受け入れる側の男が言葉にならぬ悲鳴を上げた。大木の皮が捲れんばかりにしがみつく男、その後ろをゆっくりと食らう男の息も荒い。苦しそうにしてはいるが、前の男も慣れた行為ではあるのだろう。唸りながらもすべてを飲みこんで、しまいには自ら腰を揺すり、背後の男へ身体をひねって口吸いを求め始めていた。
 唇を求め振り向いたその顔が射込んだ月の光に照らされて――、左近は思わず喉を鳴らした。

 やはりその男は左近の思ったとおりの人物、それも左近のよく知る男であった。
(まさかあの直江が……てことは相手は……)
 身の丈や口ぶりから考えて、思い当たる人物は一人しか居ない。相手は、いつも彼の傍に居る男であろう。
 これは厄介な所に出くわしたものだ、と目を逸らして左近は顔を歪めた。
 今目の前で行われている行為は、そう人目についていいものではない。それも殿の知己に当たる男の情事を、こうも間近で覗き見してしまう事となろうとは。
 流石の左近も苦虫を噛み潰したような顔にならざるを得なかった。
 それに、だ。この姿――、振り乱した髪に擦れた高い声、もっとと求めるように急かすその姿。普段は性欲とは無縁のように思えるこの男の、決して見ることの無いこうも無様な姿を見ることになるとは――
 流石の左近も、思わずこの事実に背を向けて走り去りたい衝動に駆られた。それがいい、直ぐにここから立ち去って、この事は綺麗さっぱり忘れてしまおうと考えて、中腰になり背を向けた様としたその時に、――何を思ったか、左近はそのまま少し宙をあおいでまた体勢を戻した。
(自分の位置は相手からは死角になっているのだ。決して見つかりはしないだろう)
 そう自分に言い聞かせるようにして、左近はまた隠れるようにしてその甘美な醜態へと向き直った。


   ――その日から。
 その日からもう忘れる程に遠い昔の頃味わった様な感覚に、身が犯される様になった。それも昔よりももっと質が悪い。ほぼ四六時中とも言える間、下半身がもぞもぞとして落ち着かないのだ。
 思い当たる理由はただ一つ。先日霰もない姿を目の前で披露してくれた男こと直江兼続が、この屋敷へとここ何日も間を置かずに通い詰めているという事。

 左近の知るところの直江兼続と言えば、他人の欠点を見つけることに長けている己の主三成が、知己と認め心を許すただ一人の男である。
 彼らは、上洛中ときを惜しむかのように幾度も通い合う仲である。となると、この京屋敷で日ごろ執務を行なう左近には、いくら会いたくないと思っても否応なしに顔を突き合わせる機会が訪れる。
 変らず清々しい兼続に、たとえ崩れることのない表情であろうとも、あの日見た闇を髣髴させてしまう。今までなら何とも思わなかったというのに、会釈をする様、親しげに語りかけてくるその眸の甘さ、その一つ一つがまるでこちらを誘っているのではないか。そんな錯覚にさえ溺れそうになる。

 三成が帰ってくるまでの間、一人待たせる訳にはとその場つなぎの他愛の無い話をして、こちらはすぐに席を外すだけだというのに、その時間がえらく長く感じてしまう。意識をし過ぎるせいか、目を合わせる時点ですぐに下半身に熱が集中して、悶々とした気持ちが胸にまで迫り上がってくる。気付かれぬように平然を装い、離れるとすぐに深く呼吸を繰り返すのだが、いくら頭を振って考えぬようにしようとも、一度思ってしまえば熱は治まるどころかむしろ高まる一方で、溜まらず厠に駆け込んでは一人処理を行う事も何度かあった。
 まるで獣の様に思えたあの日の姿は、瞼の裏に今でもはっきりと思い出せる。清く正しくと常々口にするその顔の、嘘吐きの化けの皮を剥いでしまいたい、日焼けを知らぬ白く涼しげな身体を掻き毟って、傷だらけ、血だらけにしてやりたい――日々顔を合わせ狂うほどの想いに悩まされるせいか、そんな衝動にすら駆られるようになっていた。
 そうして、その欲求は留まることを知らず、自分の中でどんどんと溜まって膨れあがっていくのがわかる。溜まらず日も落ちぬうちだというのに遊郭へと向い、男女構わず漆黒の髪に白い肌、そんな相手選んで抱いた。

 しかし――たかが一人の男、しかも年も若いわけではなく、ましてや主君の友である。そんな男に柄にもなく欲情する自分が情けなくも思えた。
 その様な気持ちなど、会わずにさえいれば経つに連れて薄れていくと思っていたのだが、左近の思惑とは裏腹に会わぬ日にさえも、あの日のあの顔が目の裏に焼きついて離れずに、とうとう仕事にまで支障が出始める始末。半紙を見れば、その白さに面を思い出すというところにまで至ってしまった。
 白い肌、そこに映える黒く長い睫。通った鼻筋から辿るように下ろしていけばふっくらとした唇があって――半紙の隅に筆でさらさらとその形を表せば、どことなくそう見えなくもない姿がぼんやりと現れる。
「いやしかし実に画才が無い」
 じっと見つめていればなんとなく見えなくもないが、彼の持つ美しさはまるで微塵も表現出来ていない。そう思いながら、半紙に浮かんだその面を見下ろして一人笑った。

 と思えば――
――おい」
 ふいに頭上から声が降ってきて、驚いて左近は身を起した。この所夢枕にまで立たれてあまり深く寝付けずにいた為か、どうやら職務中に転寝をしてしまっていたらしい。それ見つけたのが――運の悪いことに、どうやら先の声色からも想像のつく、機嫌の悪い己の主である。それでも何食わぬ顔を装い、左近は顔を上げた。
「これは殿、どうかしましたか」
 詫びを入れずにさらりと見上げると、やはり顰めた眉に鋭い眸がこちらを見下ろしている。真一文字に結ばれた口に冷たい眸、冗談の一つでも言えば可愛げのあるそれは何も発しようとはしない。無表情とも思えるその顔に、少し怯えを感じたそのときに、その視線が僅かに左近から反れた。
 何を見ているんだろう――とその目の先を追うように顔を自分の机の上へと戻せば、目線はだらしのない染みの広がった半紙へと辿り着いた。
「ああ、これはこれはみっともない所を」
 すぐさま手元の半紙をぐしゃりと握りしめ、苦笑いを浮かべて今度は丁寧に向き直る。三成はフンと小さく鼻を鳴らしただけで、特に反応を返さなかった。

「明日だ」
「……何がですか?」
 そうして主むろに放った三成の短い言葉に、左近の背を今度はひやりとした汗が伝う。
「明日の夜、幸村がここに来る」
 覚えていないのか? と言いたげな冷たい目線が左近を鋭く貫こうとする。
「ああ、そういえば真田さんも京に来られていたんですよね。てことは夜は皆さんで宴会ですか。では左近が、選りすぐりの酒を手に入れておきましょう」
 咳払いをして姿勢を正しいつもの笑顔を浮かべると、三成は「頼んだぞ」ともう一度左近の手元に目をやって、すいと踵を返してそのまま部屋から出て行った。

「……見られちまったかな」
 肝心な部分は上手い具合に俯せていた腕で隠れていたはずだが――三成の微妙な反応に不味そうに頭を掻いて、左近は丸めた半紙を硯に浸した。















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