半蔵×兼続
後編B
もう、すぐそこまで春が来ているが、今はあくまでも冬だ、
兼続が気を失っている間に、半蔵は彼女を背負い、
兼続は、優しく身体を拭かれる感触に目を覚ました。
「あ…」
「気がついたか?」
うなずく事で半蔵に返事をし、目線だけで辺りを見回す。
「出られた、か」
「ああ」
二人して、安堵のため息をついた。
「はん…服部殿」
「無理をするな。しばらくは側にいてやる。」
「服部殿、頼まれてくれぬか」
「……何だ」
兼続が半蔵と呼ばなくなった事を、
「貴公にこのような事を頼むのは、まことに心苦しいが…
「ああ」
「申し訳ないが……私を抱きかかえて川に入り、私の…
妊娠の可能性をわずかでも排除したいのだろう。
「………ああ、わかった」
兼続の頼みを聞いて、半蔵は兼続の陰部に指を突っ込み、
「…っ……んっ…」
足を左右に大きく広げ、目を閉じて、
冷たい川から上がった二人は衣服を身につける。
兼続が、
山道は緩やかで、人一人背負った半蔵でも、
「服部殿、私は、貴公に謝らなければならない」
「馬ではねとばした事か?気にするな」
「違う。私は上杉の者だ。曲者を捕らえる為なら、
「……そうだな」
「そうではなくて…ほこらに閉じ込められたのは、
「何だと…」
背中の兼続が何やら不穏な事を言い出した。
「服部殿は、何故、神が我等に契れと望まれたか、わかるか?」
「わからん」
「即答か?ふふ、神のお望みは我等の契りそのものではなく…」
兼続の、ふくよかな二つの丸みが、
「…我等が契る事により、私が、子を孕む事こそが、
「……………」
「……服部殿?」
「!ああ、いや、…何故、お前が孕まねばならん」
半蔵は、山の景色に目をやり、
「私の孕んだ子に宿り、肉の身体を得て、
「何故そんな…」
「人の雄がほこらに入り込み、後を追って雌が入ってきたから…
神の気まぐれなどそんなものだ、と兼続は笑って言った。…結局、
「貴公と交わった時、私は……貴公の子を孕みたいと強く願った」
ひどく、言いにくそうに兼続が切り出した。半蔵は、
「その時、神の本当のお望みに気づいた…もし、
「………」
半蔵にも覚えがあった。あの時、
「あの場では、私も、貴公も、正気ではなかったのだ。だから……
「………」
「あのほこらの中であった事は、忘れてくれ」
「………わかった」
それを言いたいが為、こんな話をしたのか。
それきり、二人の会話は途切れた。何となく気まずい。それでも、
「露とこたへて消えなましものを……」
「?」
「あ、」
「…どうした?」
「すまぬ。…いや、歌を思い出してな」
呟いたのは無意識だったらしい。
「服部殿は伊勢物語を知っているか?」
「知らん」
「かなり昔に書かれた物語だ。それに、
兼続はこういう話が好きなのだろう。生き生きとして語りだした。
「男は姫と身分が釣り合わず結婚は叶わない。思い余ってある夜、
「その姫は露も知らんのか?」
呆れて、半蔵は口を挟んだ。
「それだけ姫が高貴な箱入り娘だという説と、
「…見えなかったんだろう」
「信じられぬほどの箱入り娘、というのも面白いぞ。
自分は違う、と兼続は言いたげだ。半蔵は、
「
信じられないほどの箱入り娘が無惨な最期だ、と半蔵は思ったが、
「朝になり、男が蔵を覗いたら姫は影も形もない。
「そうか」
「私は…芥川段、として知られるこの話を、
ふう、と兼続がため息をついた。
「…ひたすら怯えていたんじゃないのか?」
「え?」
「返事もろくにしなかったり、物のように蔵に押し込めたり、
「…ほう」
兼続が面白そうに相づちをうつので、
「…服部殿なら…惚れた女子をそうして守るのか?」
「蔵には押し込めんな。離れていては、
背後の兼続が微笑んだ気配がする。やはり喋り過ぎた、
「…服部殿、なら、鬼に出し抜かれはすまい…女子も…安心して…
兼続は眠くなったらしい。
「その女子が…うらやま、しい……」
安らかな寝息が聞こえてきた。力の抜けた兼続の身体の重みが、
「起きろ。敵の忍の背で眠る奴があるか…」
そう言う半蔵の声は囁くように小さい。まるで、
― このまま、拐ってしまおうか ―
胸の内に燻る想いを、半蔵は形にしてみた。
― このまま、この女が目を覚ますまでどこまでも駆けて、
愚にもつかない妄想だと知りつつ、半蔵はしばし立ち止まり、
― 結局、俺も姫を拐った男と変わらんな ―
苦く、笑った。
「おい!起きろ。もうすぐ昨日の場所に着くぞ」
兼続が繋いでいた馬は、すぐに見つかった。馬の背に跨がると、
「服部殿、世話になった」
「ああ」
「できるだけ早く越後を出てくれ。上杉の忍も貴公を探している」
「わかった」
「今日の事は……他言無用に、頼む」
「……ああ、わかった」
兼続の顔に安堵が浮かぶ。
「では…さらば」
別れを惜しむように半蔵を見つめていた兼続だが、
「兼続!」
兼続の肩が、大きく揺れた。
「やはり、俺はお前という女を忘れぬ事にした」
「…!?」
「俺は、正直なのでな」
「はっと…半蔵!」
兼続は慌てて振り返る。そこに半蔵の姿はなかった。
「お前の女としての名…いつか呼びたいものだ」
どこから声が聴こえて来るのか、兼続は見つけられなかった。
「半蔵……」
兼続は、最後まで女の姿のままでいた。
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