莫迦噺

孫市×兼続








  


 暑さも過ぎ去った晩夏の宵の口の事―― 


 広々とした屋敷の奥の一角で夜風を風流と楽しむでもなく締め切られた障子の中、二人の男が汗まみれになって見詰め合っていた。
 外の涼しさが信じられぬ程障子の中にはむっとした熱気と独特の臭気が立ち込めている。

 二人の男はつい先ほどまで、まるで戦中で挑み合うかのように激しく肌を重ね抱き合っていた。

 一人は直江兼続、普段の清廉潔白、真面目を絵に描いたような姿からは誰も想像が出来ない程、淫らに白皙の肌をくねらせ喘ぎ声を上げては男に貫かれていた。
 それだけでも不思議な事だが、ここにもう一つ信じられない光景が。直江兼続を抱いていたのは「女好き」として知らぬ者はおらぬ雑賀孫市だった。


「ふふっ、男でも抱けるではないか。本当に男を抱くのは初めてなのか?」

 兼続は不敵な笑みを浮かべ挑発するような視線を向けて言う

「いや、あんたの誘い方が反則。普通に色っぽすぎるから」

 それを聞き嬉しそうにくすりと笑った兼続は腕を伸ばしてもう一度孫市の体を引き寄せようとした

「まだ足りないか。いいだろう俺は朝までだってやれそうだぜあんたの体なら。しかしこれで男も女もいけるようになっちまったよ、どうしてくれんだ兼続」

 軽口を叩きながら兼続の太腿を持ち上げると孫市はさっきまでと同じように再び兼続の中に自身を埋め込んでいった

「うっ……」

 慣れた風な口のきき方とは裏腹に兼続のそこは狭く簡単に挿入する事ができない。だが、その狭さは奥まで入れてしまえばとてつもない快感の波となって孫市を襲ってくる。男と言えど初めて関係を持つ相手なのだからもう少し気遣った方がいいのかもしれないなんてそんな理性はあっと言う間に霧散し、夢中になった。
 本当にこのまま朝まで貪り尽くせそうだ、そんな事をぼんやりと思いながら孫市は兼続を抱いた。










――翌朝、

 慶次が兼続の屋敷に訪ねてきた。

 客が来ればきっちりとしたもてなしをするのが上杉屋敷の常だが、慶次だけは最近は例外となっている。
 我が家に帰って来たかのように振る舞い、今日も兼続の部屋へ自室へ帰るかのように向かった。

 無遠慮に障子を開ければ、いつもは真っ直ぐ背を伸ばして座している兼続が、猫のように少し背を丸めて畳の上に身を横たえている。

「慶次か……」

 兼続はこちらを向くのも億劫だと言うように、言葉だけかけて振り向きもしない。

「おっ、その様子だと……、本懐は遂げたのかね」

「……」

 返ってくる無言から、何を察していいのか分からず慶次は兼続の顔が見える様に部屋の奥へ回りこんだ

「って、兼続、あんたっ……」

 慶次が驚きの声を上げたのも当然、兼続はいったいどれだけ泣いたのだろうと思われる程に目の周りを真っ赤に腫らしている。そして、ついさっきまでも泣いていたのだろう、涙の跡がまだ頬に残っていた。

「おいおい、まさか……、振られたか」

 その言葉に兼続が顔を歪ませ唇を噛んだのを見て、慶次は余計な事を言ったと後悔する

「お前の言った通りだ……、私は愚かだったよ。抱かれれば少しは心が満たされるかもしれない、そう思っていたのに……浅はかだった」







 直江兼続は雑賀孫市に恋をしていた。

 その恋を始めて告白したのは親友の前田慶次。
 真面目すぎて融通がきかず、肩を張って生きている兼続にとって慶次は初めて本音や弱みを見せる事ができると感じた友だった。
 兼続にとって孫市のような人間を見るのも初めてならば、そんな人間に友情や尊敬以外の好感を抱いてしまうのも初めてで随分戸惑っていた。すがるような気持ちで慶次に胸の内を打ち明けたのだった。

「それにしても何で孫市かねぇ」

 兼続の告白を聞いて慶次は愕然とした後、呆れとも何ともとれない口調でそう言った。

 何故よりによって孫市なのだろう、女好き、口説き魔、そういった方面で孫市がだらしないのは誰でも知っているような話。兼続が嫌うような所は多々あれど好きになる部分なんかあるだろうか……等と孫市の親友でもある自分が思うのもいかがなものかと思いながらも慶次は小一時間、首を捻った。
 そう言えば、兼続が仲が良い豊臣の将と言えば石田三成だが、三成もかなりクセのある人物だ。同じ豊臣の将なら真面目で真っ直ぐそうな加藤清正あたりの方がよっぽど兼続とはうまくいきそうな気がするが、人間自分に無いモノをもっている者に惹かれるものなのかもしれない。
 
 そして、『恋』とは理屈ではない、そういうものなのだろう、そう結論付けるしかなかった。


「で、あんた孫市とどうなりたいんだ、今でも十分、会う機会も話す機会もあるだろう……、そのやっぱり好きって事はアレか?」


――抱かれたいのか?


 慶次の率直な質問に兼続は顔を真っ赤にしていつものように威勢よく不義だとか何だとか叫んでいたが、結局の所応えは応という事だったのだろう。
 どう、相談にのって欲しいのかそれじゃ分からんと言えば、しぶしぶと認めた後には、真っ直ぐな視線を向けてどうすればいいだろうかなどと聞いてくるので慶次も少し困った。

「孫市は親友だ。悪い事は言いたくないが、俺にとっちゃあんたも大事だ。だから本当の事を言っとくが、友としてのあいつはいい奴だが、そういう関係を持つ相手としては俺はお勧めできないねぇ」

「何故だ」

「何故って、あんたも知ってるだろうあいつの女癖の悪さは。そこらの女を抱いた後に、あんた同じ手で抱かれたいのかい」

「そんなにすぐに誰でも抱くなら男の私でも抱くだろうか……」

 慶次、この兼続の呟きには絶句するしかなかった。これが『恋は盲目』というヤツかと。
 致し方なし、慶次は以降兼続がどう振舞えば良いかなどと詰め寄る度に孫市の趣向を事細かに教えた。






 そして昨日、兼続が孫市を誘うと意を決したように言い出して、その後の今日だった。


「やはり心が通わぬものと体を合わせても虚しくなるだけなのだな……」

 どうやら、孫市は兼続を抱いたようだが、心通わすような甘いひと時は無く、ただ肉を繋げる肉体の快楽を追うだけの行為だったのだろう。いや、兼続にとっては初めての性交なのだ肉体の快楽すらあったかどうか分かったものではない。

「行為の途中何度も、好きだと叫びだしそうになった……でもそれを言ってしまえば……」

 兼続の顔がどんよりとさらに暗くなった。
 慶次が孫市の話をする時に兼続に常々言っていた事があった。あの男の女好きや口説き癖は産まれついての病気のようなもの、誰か一人の人間に縛られそうになればヒョイと姿をくらましてしまう。酷い人間だと周りには思われるかもしれないがそれでも孫市自身はいつでも本気なのだ。不特定多数と付き合うという事が孫市という人間にとっては普通の人間が息をする事と同様な事なのだと、少なくとも慶次はそう理解していた。

 だから抱かれたいなら孫市への執着を見せない事かな

と言った、もしかしたらこれで兼続が諦めるかもしれないという希望も慶次の中にはあったのだが、云と頷き努力すると力強く言う兼続にガクリと肩を落とすしかなかった。


――しかし、こんなに泣く事になるなら何が何でも反対しておくべきだったかなぁ


そう思えど後の祭り。無責任に孫市もいつか兼続だけを見てくれるかもしれないなんて楽観的な事も言えない、慶次はただ黙して兼続の傍に居る事しかできなかった。











――数日後、


「なぁ慶次」

「あぁん?」

「俺、最近病気かもしれねぇんだ」

 茶屋で団子を食っていた孫市と慶次。孫市が唐突にそんな事を言い出した。

「なんだってんだい?顔色は……いつもと同じに見えるが」

「俺、男を抱いちまったんだ……」

 慶次はブッと口に頬張った団子を噴出した。もちろんそれが兼続の事だと分かっている。だが、まさかそれを孫市が自分に告白するとは思いもしなかった

「やっぱりビックリするよなぁ。この俺が男をだぜ」

慶次がゲホゲホと咽るのも構わずに孫市は遠くを見つめながら続ける

「でな、それだけならまだアリなんだが……。俺そいつの事好きかもしれないんだ」

茶を飲んでやっと落ち着いた慶次は、知らぬふりを装いながら応える

「好きって、あんた誰にでもよく言うし、珍しい事かい?何なら女は皆好きだろう、男だって抱けるぐらいなら好きだろうよ」

「いや、それがちょっと違う。今までは、誰にでも好きだとか愛してるとか言ってきたけど、正直相手がどうこうってよりも行為が好きっていうか、行為の最中の女が好きっていうか……。他で相手が何してようが気にもならねぇし、俺の事そいつにずっと考えて欲しいなんて思った事も無かったんだが……」

「が……?」

「そいつ、俺が抱いてる間も必要なのは……、興味があるのは俺の体だけって態度で……。それが、なんていうかなぁ、寂しいっていうか……」

孫市の言だとは思えない。これは自分の知ってる女好き、世の女性は全て俺のモノ、一人に独占されるなんて神様が許さないなんてふざけた事を平気で言う、あの孫市なんだろうかと慶次は目を見開いていた

「俺も今まで自分がそうだっただけに、そいつの気持ちが分かるからさ……なんか言えねぇんだよな、束縛するような言葉が。最中にも甘い言葉の一つでもかけて落とす努力でもすりゃいいものを、馬鹿みたいな軽口ばっか叩いちまって……これが天罰ってやつかねぇ」

 そう言って茶を一口啜ると溜息をついた孫市は虚ろな瞳で再び遠くを見つめた。
 慶次にとってこれは兼続の告白を聞いた時以上の衝撃。人間時間と共に変わる事はあるだろうが、まさか孫市が一人の人間に執着するような事を言い出すとは思いもしなかった。

 何はともあれ、兼続にとってはこれは吉報だろう。孫市に抱かれた日以来、随分塞ぎ込んでいた兼続の姿を思い出すと慶次はすくっと立ち上がった。

「慶次?」

「悪い孫市、俺ぁちょっと用を思い出した」

「え?お前っ!俺がこんな真剣に悩んでるの聞いてっ、そりゃ無いぜ!おいっ!」

まだ何やら話ている途中の孫市に背を向け松風にまたがると慶次は駆け出した

 このまますんなり孫市の恋が成就するのはなんだか面白くない気がするが、この知らせを聞いたら兼続はどんな顔をするだろうと想像すると口の端が上がるのが分かった。呆然とする孫市を残して慶次と松風は真っ直ぐ上杉屋敷へと向かった。













※すみません、自分の兼続に萎えすぎて途中から嫌になってしまいました…gdgd