翳恋













 ――これは私からの最後の命令だ、決して背く事許さぬぞ

 真田軍の奇襲に大混乱し命からがら逃げ延びた数人の兵と忍達の前で秀忠は言った。

――我が命……、この首でこの戦は終わる。もう何人も死ぬ事はならぬ、そなた達は生きよ

 玉砕を命じられると思っていた兵や忍達は秀忠の言葉に当惑した。
 秀忠はざわめく兵達の後方にいた服部半蔵の前に歩みより半蔵の目を見据え

――今まで我が父…、我々の為によく尽くしてくれた。これよりも私はお前に死より過酷な道を命じようとしている。だが、お前にならできると私は信じている。
一人でも多くの命を救い、そして……

 光の中で生きよ――

 秀忠のその言葉を聴いても、どうか共に逝かせてくれと縋る兵や惑ったままの者がいる中、半蔵の行動は早かった。助かる見込みのある怪我人を可能な限り助け出すよう配下に命令を下すと己は燃えさかる江戸城に飛び込んでいった。


 静かに語り終えた男はしばらく沈黙した後、再び口を開いた

「頭領は、あなたが一命を取り留めたと知った時本当に喜んでおられました。闇の中でしか生き方を知らぬ伊賀の者……私達の、そして生き延びた上杉兵や他のもの達の支えとなり、希望の光となるのはあなたしかいないとお考えでしたから」
「……そんな」

嘘ではないのか、この者達はこんな言葉で人を篭絡し新たに戦を起こす策を練っているのではないのかと懐疑的な気持ちが浮かぶ一方で兼続はあの夜微かに震えていた男の体を思い出していた。あの震えはどうしても隠しきれぬ感情の発露、嘘や欺きがそこにあったとは思えなかった。

「もう一人のここに来ていた男は、服部半蔵本人なのか」
「そうです」
「……」

 言葉が出なかった。
 確かにあの男の抱える痛みは己のものと全く同質のものだ。泣きも叫びもせず、ただ静かに秀忠の命に従った忍としての半蔵の意思の強さと、ほんの一瞬漏れ出した苦悩を思うと胸がずきりと痛んだ。