翳恋
弐
「う…ぐっ!」
兼続はやっと癒えてきたと思われる傷が開かんばかりの勢いで、見る事はできぬが目の前にいるであろういくらか己よりも体格の良さそうな男に押さえつけられ暴れていた。しかし長く臥せっていた身体はまともな抵抗もできずただ無駄にその体力を奪っていくばかり。口には布まで詰められなんとも情けない格好だが今の兼続にはそんな事を気にする余裕などなくなっている。
「直江殿ッ!おやめ下さい!傷が開きます!!」
男の声に全く耳を貸す様子もなく兼続はなんとかのがれようもがく。
そこへもう一人の男が現れる気配があった
「頭領、直江殿がっ」
兼続を押さえつけたまま男は何とかして欲しいと訴えるようにもう一人の男に向かって声をあげている。兼続はその隙を突こうとまた必死で暴れたが近づいてきたもう一人の男に顔を布で覆われると、身体の力が抜けるとともに、その意識も朦朧としてゆくのを感じた。
「やはり、直江殿に上杉の事を告げるのはまだ早すぎたのでしょうか」
「いや……、致し方ない。目が見えていれば自害を許していたやもしれぬ」
「はぁ……。頭領、これからいかが致しますか」
頭領と呼ばれた常から無口な男は答えはせぬが、意識があるのか無いのか時折震える兼続の姿をじっと見つめている、その視線に死なせぬという意志が感じられる。しかしこれからの事に思いを巡らせたか、この男には珍しく不安の揺らぎがその瞳に現れていた。
上杉軍はあの戦場で最後まで戦い兵の殆どは玉砕、上杉景勝もその中で壮絶な討ち死にを遂げていた。兼続に生きる唯一の理由を与えていた上杉家、それがこの世にもう無い事を知らされ兼続は死のうと試みた。目が見えぬ故に取り押さえられたが今度は舌を噛もうとした。既の所で男は指をその口にねじこんでそれをも阻止し、薬でおとなしくさせたというのが今の状況なのだが、これから兼続に生ろと説得する上でも何一つ兼続にとって希望となる事がない状況に男二人は嘆息を漏らした。
そして兼続が己等の正体を知った時、どんな思いを抱くのだろうと――
「このような事をして申し訳ありませぬ。しかし自害など考えぬとお約束していただけるまでは縄は解けませぬ」
数刻後、また意識をはっきりと取り戻したであろう兼続の枕頭で男は傷の手当をしながら語りかけていた。傷には極力障らぬように、しかし自害などできぬようにその体は数箇所縄で戒められていた。
今はそれに抵抗する気力さへも萎えてしまっているようで、兼続はただ男にされるままになっていた。
「直江殿、お辛いのは分かります。我々も……いや……」
男は途中で言葉をとめるときっと涙がにじんでいるのであろう兼続の目元の包帯を撫ぜた
「明日か明後日に医師がまいります、もうそろそろ目の方も包帯が取れるかもしれませぬ故、今は身体を治す事だけをお考え下さい」
――ここにはまだ、あなたを必要としている人がいるのです。
その言葉に少しだけ兼続が反応するのを見届け男は部屋を出た。