半蔵×兼続+α

番外編








◆お友達が一目で落ちた恋なれどを書き上げて下さった後に、その後の妄想が捗る!!二人が素顔だしでデートしてたら逆に誰も気づかないからデートしてて欲しい!的な事を語っていたら形にして下さいましたっ!!ありがとうございますっ!!妄想イラストを描かせて頂きました…






 女という生き物は、皆、自分の魅力を心得ているものだ。美女と呼ばれる者は勿論の事、たとえ、目鼻立ちは平凡であったり…あるいは、好む男が少なそうな容姿の女でも、何かしらそそる所が必ずある。鼻の穴が上を向いている顔でも、澄んだ水を思わせる声だったり、肥え太った女は、つきたての餅のような柔い肌を持っている事が多い。棒のように痩せ干そった娘は、すっきりとした指先や、形の良いふくらはぎをしていたりする。女達が密かに自信を持つ魅力を見つけ出し褒めれば、笑顔を見せてくれるし、そもそも、女を賛美する事が孫市は好きだった。



孫市は鉄砲を得意とする傭兵集団’雑賀衆‘の頭だ。自身もまた、一傭兵として諸国を渡り歩いている。近頃大きな戦はなくなったが夜盗に悩まされる豪族に退治を頼まれたり、金品を輸送する商人の護衛に付いたり、傭兵の仕事には事欠かなかった。上方の町によったのは、まとまった金が入ったので羽根を伸ばすついでに、上方に住む旧友の顔を見ておこうと思い立った為である。絢爛豪華な城の主となったそいつと、久しぶりに女遊びに繰り出そうとしたのだが、女房殿に見つかって、孫市まで’お仕置き‘されそうになり、逃げ出してきた帰りだった。

― 秀吉の奴、大丈夫かな? ―

商いに賑わう市を覗きながら、ちらりと思う。が、自分まで、勝ち気な女房殿の操る飛刀の餌食になるのは御免だった。

― お!?いい女発見! ―

茶屋の店先の椅子に座り、所在なげに団子をかじるその女を見た途端、孫市の心から友に済まなく思う気持ちは消え失せた。

年の頃は二十代の半ばといった所の年増だったが、小娘は守備範囲外の孫市には、このくらいの年の女が好ましい。女は白梅の花柄が描かれたあさぎ色の小袖を着ている。どこか寂しげな横顔に太く艶やかな黒髪がかかり、清楚な印象だ。

「お嬢さん、どうしたんだい?寂しい顔も美しいが、俺は貴女の笑顔が見たいな」

女は顔を上げた。

「!?まっ……」

ひどく驚き、絶句している。男に口説かれるのに慣れていないようだ。金持ちの箱入り娘だろうか?しかし、目と口を見開き、驚愕をあらわにした様子は何か…良家の子女らしくない。孫市は違和感を覚えた。

「美しいお嬢さん、隣に座ってもいいかい?少し、お話したいな」

無言。女はきょろきょろと辺りをしばらく見回した後、聞いてきた

「……もしかして、私に言っているのか…あ!…言っておられるのですか?」

「おいおい、勘弁してくれよ…貴女ほど美しい人を前にして、他の女に目移りなんてできるわけないだろう?」

孫市は女の承諾を得る前に、素早く隣に座る。ついでに女が食べていた皿から団子を一本失敬する。女が文句を言ってくれば、お詫びに一皿ご馳走するつもりだ。女が孫市のおごりの団子を食べる間、孫市は彼女と親睦を深める…完璧なはずの孫市の作戦は初っぱなからつまずいた。女は孫市のつまみ食いに腹を立てなかった。彼女はにこにこ笑いながら自分の皿を差し出してくる。まるで、り合いに対するような気安さだ。自分の美貌に無自覚な様子といい、浮世離れしている。女の、きりりとつり上がった形の良い眉と、二重瞼の目は切れ長で、男性的でさえある。だが、勝ち気な印象を受けないのは、女の眼差しが柔らかいからだろうか。淡い色合いの瞳が珍しい。孫市の知り合いに一人、女と同じ瞳の色の男がいるが、彼以外にこんな瞳を持つ者を、孫市は初めて見た。

「……私は、美しい女、ですか?」

女は、妙に真剣に聞いてきた。

「もちろん!その神秘的な瞳、吸い込まれそうだぜ。それに、桃源郷の果実のような唇……その果実を味見したくない男なんて、この世には居ないぜ。本当に…」

吸い寄せられる。女を怖がらせてしまうと思いつつ、孫市は女の甘い唇に顔を寄せてしまう。息のかかるほど二人の距離が縮んでも、女が孫市に身構える様子はない。男として、孫市は少々傷ついた。

「ふっ…」

孫市の顔を見つめていた女が、ふいに鼻で笑った。途端、儚げな雰囲気が霧散する。ころころと印象の変わる女だ。

「お上手ですね、孫市殿は」

「俺を知ってるのか?光栄だね!」

「……………’萩之屋‘の、おゆうと付き合っていらしたでしょう?貴方のお話、よく聞かせてもらいました」

「あちゃ…そういう事か、参ったね。彼女とはもう終わったんだ」

’嘘をついている‘孫市は直感的に思った。おゆうと付き合っていたのは事実だが、彼女は遊び女だ。ひょっとしたら、どこかの令嬢かもしれないこの女とおゆうが知り合いとはどうしても思えない。それに、自分の事を隠そうと、女の心が鎧をまとったのを孫市は感じた。この女はいつ、どこで自分の名を知ったのだろうか。それに、おゆうとの事も。

「終わった俺の恋の話より、貴女自身の事を聞かせてくれないか。俺と貴女、二人の恋について話そう」

「ふふ、孫市殿は女子であれば誰にでもそのようにおっしゃると、聞き及んでおりますよ」

女は孫市の求愛を全く本気にしていなかったが、孫市はめげずに口説く。せめて、女の名と住まいを聞き出すつもりだった。素性を明かすつもりがないくせに、女の態度には孫市を許容する雰囲気があった。何か違和感がある。違和感の正体を確かめようと、更に女に話しかけようとした時、邪魔が入った。

「そこまでにしてもらおう。そいつは、俺の女だ」

いつの間に側に来たのか、一人の男が孫市と女の間に割って入った。年の頃は孫市より、少し上だろう。三十手前といった所か。地味な藍色の小袖を着た、市井の男だ。中々端正な顔だちだが、で負ったらしい二つの刀傷が、男を美男とは言わせない。背丈も、孫市よりだいぶ低い。女の家の下男がお嬢様を口説く男を追い払おうとしているのだろう、と孫市は思った。

「こいつはお嬢さんの知り合いか…」


女を振り返り皆まで言う前に、孫市は男の言葉が真実だと知った。

「’俺の女‘…」

呆然と呟く女の瞳は陶酔に潤み、今にも雫がこぼれ落ちそうだった

「嫌か?」

「………嬉しい」

孫市の存在など完全に忘れたように、女は男だけを見つめている。男が微笑んでみせると、女も笑顔を見せた。幼子のようにあどけない表情だ。この冴えない男に女がべた惚れしているのが、部外者の孫市にも丸わかりだった。

「ちっ、わかったよ…他人の女に手を出す気はねえ。退散するぜ」

諦めて女の隣から立ち上がる。去ろうとして、ふと聞いてみた。

「お嬢さん、あんたの親戚に直江兼続って男が居ないか?」

「直江様?いえ、存じませんが」

「そうか?その不思議な色の瞳、兼続の縁者かと思ったんだがな」

そつの無い返答。それが、表情豊かな女にしてはかえって不自然だった。兼続は今、主に付き従い越後から上洛して来ている。慶次と酒も飲みたいし、近い内に訪ねて、この女の事を聞き出してやろう。そう決心して、孫市は茶屋から立ち去った。




「あの様子では孫市め、近い内に訪ねてくるな。旨い酒を買って、慶次を捕まえておかねば」

女はまんざらでもなさそうに笑った。諸国を巡る孫市の話は珍しく、語りも上手いので楽しみだ。

「………上手く誤魔化せよ」

「何、’直江兼続‘に抜かりはないさ」

二人共、孫市に相対していた時とはまるで雰囲気が違う。男の瞳は油断なく光り、凡庸なふりをかなぐり捨てている。女は、完全に男の口調になっている。颯爽とした調子で語る姿が、女を中性的に見せていた。

「孫市は、あの歯の浮くような口説き文句をやめれば、いくらでも女子にもてるだろうになあ」

女は、孫市を嫌ってはいない。よい男だと思う…友としてなら。

「ふん…歯の浮くような口説き文句でも、まんざらでもなかったんだろう?」

「ふむ…そうだな、嬉しかったよ。私の愛しの君はどうにも無口ゆえ、中々愛の言葉をくださらぬ。時々不安になるから、孫市を見習って………いや、いい」

「……どうした」

女はうつ向いている。しおらしくされると今まで当て擦られていたのも忘れて、男は女に優しくしてやりたくなる。

「…………お前が愛想良くなったら、皆、お前が佳い男だと気づいてしまう。全国津々浦々の美姫がお前に押し寄せるだろう。そうなると、私に勝ち目などない…」

「……’女房思う程亭主はもてず‘という言葉を知らんのか」

男は呆れて言った。だが、女が周りに’正体‘を明かせば、彼女を好く’友‘のいずれかに女をかっ拐われると、日夜怖れている自分も似たようなものだ。

「……ほら」

男は懐から、女の機嫌を治す品を出す事にした。

「これ…!さっきの店の…」

女の手には可愛いらしい、つげの櫛。たいした値ではないが、小さな花の柄が彫られているのを気に入ったのか、先ほど立ち寄った小間物屋で、女はこの櫛を熱心に見ていた。

「欲しかったんだろう?」

女が無言でうなずく。口を開かないのは、涙声になるからだ。

「このくらいで泣くな………今度は、その場で買ってやる」

女が櫛を欲しがっていたのに気づいていたが、その場で買ってやるのが照れくさく、彼女を茶屋に待たせて一人で買いに行ったりしたから、女に他の男が言い寄る隙を与えたのだ。男は猛省していた。女に昔聞かされた、伊勢物語を思い出す。’鬼‘…他の男に愛しい女を取られてなるものか、と改めて決意する。

「今日はもう帰るぞ……今度出かける時、その櫛で髪をとかして来い」

「あ…ああ!必ず!」

女が男の腕に手を絡ませてきた。二人はぴったりと寄り添い、雑踏の中を歩き出す。

仲睦まじい二人の男女は、誰から見ても似合いの恋人同士だった。



            終