embriagar

酔わせる








◇左兼ギャグ・襲い受けっぽい…?








「あれ?今日は兼続さんは一緒ではないので?」

 話がある、と主君三成に呼び出された左近は三成の部屋の障子を開けるといつものメンバーが一人欠けている事に首をかしげた。三成も幸村もなにやら深刻な表情である。

「今その兼続の話をしておったのだ」
「へぇ・・・そんな難しい顔して、何かあったんですか?」
「左近、お前兼続が酔っ払ったのを見たことがあるか?」
「いえ、兼続さんと言えば酒豪で知られてるでしょ?ちょっとやそっとじゃ酔わないじゃないですか。殿も幸村さんも弱いですからね、二人が潰れちゃった後はいつも兼続さんとは二人のお世話して終わりですよ」
「やはりそうか……」
ふむ、と幸村と三成は顔を見合わせて頷き合う

何なのだろう−、

「いや、実はな先日兼続は酔うとどうなるのだという話になったのだがな・・・。あいつここ最近酔っぱらう程飲んだ事は無いと言うのだ。だから、いつも俺たちの世話ではつまらんだろうと俺達は茶からはじめる故兼続一人飲めと進めてみたのだが、そんなのはつまらぬと言って聞かぬ。それに、よくよく話を聞いておると、どうもあやつ人前で酔っ払う程飲んではならぬと景勝殿にきつく止められているらしいのだ。…どう思う左近?」
「どうって…真昼間から深刻な顔して何を話しているのかと思えばそんな事……」
左近は溜息をついた
「そんな事とは何だ!俺の大事な兼続の話だぞ!」
「いえ、三成殿の兼続殿ではありませんから」
憤慨する三成と温厚そうに見えるが兼続絡みの三成の発言には容赦なくツッコム幸村、いつもの事だがこんな時はろくな方に話が展開しないのを経験上左近は知っている。
だがわが主の事、無視して放り出すわけにも行かず左近は渋々答える
「まぁ、景勝さんにそう言われてるって事は、アレでしょう?酔うと泣き上戸になるとか虎になるとかそんな所じゃないですか?」
「そうなのだよ左近!俺もそう思うのだよ!あの兼続がだ!」
なんやら立ち上がって興奮する我が殿に左近の嫌な予感がどんどん大きくなる
「どうだ左近!見てみたいと思わぬか?普段アレだけ真面目が服を着て歩いている様な兼続が酔っぱらって乱れるのを」
「え…?いや、左近は別に……」
「いいか、お前も知っての通り俺と幸村は酒には弱い!共に飲めば必ず先に酔いつぶれる。だからお前が兼続を酔わせるのだ!どうだ?!これは俺がお前に与えた二万石以上に名誉な仕事なのだよ!嬉しくは無いか?!」
あまり係わりたくない左近だったが三成はもうすでに左近の言葉など聞いちゃいない。こうなるとどんなに嫌でも従わざるを得ないのがいつものパターンだ。左近はやれやれと肩を落とした。


 そして翌晩−、三成の兼続泥酔計画with左近が決行された


 三成の計画では、まずは幸村が兼続と飲みはじめる。自分は仕事の都合で遅れると言って幸村がギリギリの限界になったところで登場、そして今度は三成が相手をギリギリまでした後左近と交代するという寸法らしい。三人がかりなら流石の兼続でも酔わせる事が出来るだろうと言うのだ。
 実に馬鹿馬鹿しい。左近が見込んだ切れ者の殿はこんな人物であっただろうか…時々左近はそんな風に思わずにはいられなくなるのだが、兼続の事となると周りが見えてないのはきっと恋のせいなのだろう、仕方ない、左近も若い時分にはあった事だと自分を納得させる他ないのであった。


 かくして、兼続がやってきて二刻程が過ぎた頃。
幸村はとうのむかしに酔い潰れてスヤスヤと寝息を立てている、フラフラした足取りで三成が隣の部屋で控えていた左近の元にやってきた。

「左近、俺も限界だ来い」

 この頃には左近もどうせ飲むなら楽しく飲みたい、時にどうしようもない殿だが今夜はしっかり兼続の酔う様を見届けて明日には殿に面白い話を聞かせてやりたい、そんな風に心を決めていた。
 三成は左近を部屋に呼び寄せると、糸が切れたようにぶっ倒れて眠ってしまった。

「折角左近の仕事が終わって来られたというのに……」
兼続が微笑みながら三成を眺めている
「さて、布団は敷いてあるか?」
「あ、ええ」
「では二人をそちらに運んだら私はお暇するとしようか」
そう言って兼続は腰を上げようとした
「あ、いや実はですね兼続さん、今日は殿がもう一本兼続さんに飲んでもらいたいと良い酒を用意してるんですよ」
「しかし、三成が潰れてしまったしなあ」
「左近は今宵まだ全く飲めていないので飲みたい気分なのですがお付き合い願えませんか」
「ほう、左近がそのように誘ってくれるのは珍しいな、ではお言葉に甘えるとしようか」
そう言って座りなおす兼続の盃に左近はなみなみと酒をついだ。
 
 それから一刻程した頃、何やら兼続の様子が少し変わってきた。目がトロンとしているし、いつもまっすぐに伸ばされている背筋も少し曲がっている。

「左近、実はな私は酔うとどうも醜態をさらしてしまうようでな、景勝様に人前で酔っ払う程飲むなと止められておるのだ……だから今宵はもぅ…ヒック…これぐらいに…」

どうやら自覚があるらしい。
左近は心の中でガッツポーズをとった、この様子だと後一息という雰囲気ではないか

「いやぁ、いいですよ兼続さん、今宵は左近しかおりませんし。ま、殿と幸村さんはご存知の通りああなると明日の昼までは絶対に起きません。他のお大名様方の前だってんなら話は別ですが、左近の前で少しぐらい酔っ払って醜態をさらすぐらい何だというんですか。それに、たまには兼続さんも酔い潰れるぐらい飲んだ方がいいですよ、精神の健康の為にもそういう時は必要ですって」
左近ははやる気持ちを抑えられず息継ぎもせずに一気に畳み掛けた。と同時に右手は兼続の盃に酒を注いでいる
「そ、そうか?」
兼続はと言えば、酒は好きなのだ、一緒に飲む相手が迷惑でないと言ってくれるのなら飲みたい、そうだ共に飲んでいる左近が迷惑でないと言ってくれているのだからいいではないか、自分に言い訳をする。そして、うんそうだ、たまにはいいのだ、と頷きながら注がれた酒を嬉しそうに飲み干した。

そしてさらに半刻程

左近はそろそろ自分に限界がきそうだが、兼続の方はどうなのだろうとしきりに思っていたところへ…
「左近…厠へ行きたいのだが、どうも足元が覚束ぬ」
「あ、いいですよ、肩貸しますから行きましょうか」
「かたじけない」
 そうして男二人は連れ立って厠へ。
 
 ふらふらとやはり覚束ぬ足取りで厠から出てきた兼続に再び肩を貸すと左近は足並みを合わせゆっくりと歩いた。
 すると、飲んでいた部屋から二部屋程離れた空き部屋の前兼続が突然立ち止まった。
「どうかしたので?」
 左近の言葉を聴いているのかいないのか、兼続はその部屋の障子を開ける
「兼続さん、ここじゃありませんよ」
 足取りは覚束ないが、そこまで酔っている風には見えなかった兼続だったが、やはり酔っているらしい。想像していたより随分と大人しい酔っ払いだったが、これで殿にも報告する事ができる、そんな事を考えていた所……左近は突然後ろから物凄い力で部屋の中に突き飛ばされた。一瞬何が起こったのやら分からずに目を白黒させていると、兼続が飛び掛ってきた。
――これが酔っ払い兼続の正体なのか!

殴られる、そう思った左近は何とか防御体制に入ろうと腕で顔を胸を護るようにしていたが、左近に馬乗りになった兼続はそれ以上手をだしてこない。恐る恐る目を開けてみるとすぐそばに兼続の顔がある
「左近…」
「な、何ですか?」
「私の事をどう思う?」
「どうって、ちょ、ちょっと酔ってるんじゃないですか?」
「いや、そういう事ではなく……」
「じゃあどういう事ですか」
「私はお前にとってどういう存在だ?」
「そりゃもう、大切な殿のお友達…」
「それだけか?」
「ええぇ、まぁ殿のお友達だから左近にとっても大切な…ッ?!ちょっ何やってるんですか!!」
兼続はクスクスと笑いながら左近の首筋に鼻を擦り付けてくる
「ちょっと、兼続さん!くすぐったいですって!」
「ふふッ、くすぐったいのか。ではこれは」
そう言うと今度は舌を出して左近の耳たぶを舐め上げてきた。全身の毛がそそけ立った
「兼続さんッ!悪ふざけがすぎますよ!」
左近は思い切り兼続を押しのけ起き上がると、兼続に乱された襟元を直し呼吸を整えようとした
なんだこの酔っ払いは、思っていた以上のたちの悪さに左近が眉をしかめていると
「左近は私が好きではないのか」
「好きとか好きじゃないとか、そう言う問題じゃないでしょう」
「私は左近が好きだぞ」
げんなりする左近、どう返事を返せばいいものか迷っているとまたしても兼続に着物を強く引かれ、今度は兼続の上に倒れかかるように転んでしまう
「左近…私とでは嫌か?」
しおらしそうな表情をしているかと思えば、兼続は事もあろうか左近の一物に手を伸ばしてきた。もう左近は酔いなどどこかにすっとんで顔面蒼白である。
しかし兼続のいやらしい手つきといったら……。
逃げ出したい理性と、本能がぶつかり合ってどうにもこうにもならぬ、泣き出したい気持ちになって左近は言った
「だ、だめですって兼続さん…」
「何故だめなのだ、左近も私の事は嫌いではなかろう」
耳元で吐息混じりにそうささやく兼続、左近の手を取るとその手を自らの太ももや脇腹に導いた。兼続の肌は女のそれのように肌理細やかで触り心地が良い。
 俺はそんな趣味はない!心の中で叫ぶ左近だが一度火がついてしまうと男の体というのは中々おさえが効かぬもの。引き返せ、辞めろと叫ぶ心と、殿どうか左近をお許し下さいと本能に抗う事を諦めた自分がいる。

と、兼続が左近の唇にゆるく噛み付いてきた。こらえきれずそれに応えた左近はその柔らかさに眩暈を覚えた。

――あぁ、もう駄目だ……

「兼続さん、もうどうなっても知りませんぜ左近は!」
涙目になりながら左近は兼続の首筋や胸に口付けた。
しかし、どうもおかしいさっきまであれ程誘っていた兼続が無反応である。左近は兼続の様子を伺おうと体を離した。

 兼続はスースーととても安らかな顔で寝息を立てている。
 左近は脱力してその場にへたり込んだ。






「で、左近昨夜はどうなったのだ」
夕方になってやっと起きてきた三成はまだ二日酔いで頭が痛むのかものすごく不機嫌そうに問いかけてくる。
「それがですね、左近も酔っ払ってしまって昨日は見届ける事ができなかったんですよ」

嘘をついた。説明などできるはずがない、兼続が途中で眠ってくれたおかげで最悪の事態だけは避けられたものの、あった事をそのまま説明などしようものなら殿に殺される……

「なんだ、つまらぬ…」
と、そこへ
「三成!!」
今一番聞きたくない声が背後から聞こえ左近は飛び上がりそうになった。
「今日の朝は礼も言わずに帰ってしまいすまなかったな。昼にどうしても行かねばならぬ用事があったもので」
「構わぬ、俺も今起きた所なのだ」
兼続は昨夜の事を覚えているのかいないのかいつもの調子の三成とのやりとり、左近の不安などまるで気にしていない
「ところで左近」
向き直った兼続にビクリとする
「昨夜私は何か迷惑を掛けなかっただろうか……、実は途中から全く覚えておらぬのだ」
左近は胸をなでおろした
「い、いえ全然迷惑なんて…ハハハ」
「あれ?左近殿先ほど左近殿も一緒に潰れたとおっしゃっていませんでした?」
いつの間に現れたのやら、横から幸村が余計な事を言ってくる
「い、いや、そうだ、そうだ、私も一緒に潰れたんですよ、うんうん」
「そうなのか?起きたら布団で寝かされていたから左近に面倒をかけたと思っていたのだが」
頼むから、頼むからもう黙ってくれ、そんな事どうでもいいじゃないかと左近は心の中で繰り返す。

このほんの数分に寿命が二年も三年も縮む思いだった左近、もう二度と殿の下らぬ計画に手を貸すものかと硬く心に決めるのであった。



余談だが、この後しばらく左近は兼続を前にすると少し前かがみにならねばならない生活を送った。左近はそんな己に絶望しては夜な夜な一人で深酒をしていたという