Descaminado

道を誤った








  



※2設定。兼続さんがすんごい不義です(性的な意味ではありません) 実はお題の一番最初に書いた作品ですが、こんな不義な兼続おkなんだろうかと思って載せるのを躊躇っていた代物です。まぁキーワードには忠実だと思うんだけど……どんな兼続さんを見ても怒らないよという方だけどうぞ。それから、変な話です。






 山々にこだまする鴉の声が夕暮れ時を告げている。紅紫に染まり行く空を見上げ、そう言えば夕日をこうして見たのはいつ以来だろう、兼続はぼんやりとそんな事を考えていた。


 慶長五年の関が原合戦、西軍の敗北以降兼続はただがむしゃらに働いた。己の判断の誤りが上杉家を取り潰しの危機に晒し、民や家臣達の生活を困窮させた。責任をとって腹を切ると主君である景勝に申し出たが景勝は頑としてそれを拒んだ。「甘えるな」そう言われた、確かにあの状況下、死は生き続けるよりも幾分も楽な選択であっただろう。

   景勝の言葉は重く兼続の心に沈みこんだ。それ以来兼続は民への、主君への償いとし奥歯を噛み締めあらゆる生き恥に耐え抜いてきた。そして只々働いた。休息は兼続に癒しを与えてくれはしない、立ち止まれば「ある思い」に心が押しつぶされそうになる、それを恐れた兼続は己を、そして過去を振り返ることなくただひたすら前だけを見て働いた。

 休養を取れという景勝の命にだけは背いてこれまできた兼続だったが、前田慶次が没した。葬儀の後、景勝は兼続に再三申し付けていた命令を今度ばかりは逆らう事は許さんという意志を持って口にした。
 さすがに兼続もその言葉に逆らう気力もなく、景勝に礼を言うと城を後にした。

 自邸へ戻ると、脱力して何を思うでもなく空を見上げていた。悲しいだとか、辛いだとか何かを感じる事すらできなかった。戦後常に兼続の心の支えとなっていた慶次の死、兼続にとってはそれは心そのものが無くなってしまったような感覚だった。


「少し疲れたな……」

誰に言うでもなくそう呟いた

「当たり前だ、あのように働いては。俺の声に耳さへ貸そうとせぬ、馬鹿者が!」

突然返ってきた返事に兼続は驚愕した。しかもその声は、もう随分昔に己の心の奥底に封印してしまった友、――いや愛した人の声だった。
振り向けば、ゆっくりと歩み寄り己の横に腰かけようとするその人を言葉を発する事もできず兼続はただ見つめた。

「兼続、久しぶりだなお前が俺をそうして見るのは」
「三成……、私はとうとう気が振れてしまったのか……」

瞬きする事も忘れ三成を凝視する兼続の姿に、三成はくすくすと笑った。

「そうではない。俺はずっとお前のそばにいた。だがお前ときたら一向に俺の言葉に耳を貸そうとしなかった」

呆然とする兼続に三成は続ける。

「俺は神だの仏だのが己の願いを聞き届けてくれるとは、生まれてこの方思った事もなかった、だから俺は己の人生はなんでも己の力で切り開いていった……。だがな、たった一度だけ心の底から願った事があるのだ。まぁその欲の無さ故か、どうやらその願いが叶えられそうなのだ」

ふざけたようにそう言う三成、だがその瞳は真剣だった。

「お前の願い……」

未だ事態を理解しかねる兼続は相変わらず瞬きすらできず三成の横顔を見つめている

「兼続、俺は俺の生き方を、あの時選んだ道を変える事はできぬ。だがお前は違う。……お前がどんな道を、生き方を選ぼうがお前はお前だ。俺はお前を愛している」


――愛している

そんな言葉、三成が易々と言うだろうか。否、やはり自分は疲れていて妙な夢を見ているのだ。やはり明日には景勝に頼んで通常の勤めに戻してもらおう。でなければ……気が変になってしまう。
兼続はそんな風に思いながらも目の前の久方ぶりの思い人から目が離せない

「良いか兼続、何があろうとだ、俺はお前を愛している、だから今度は……間違えるな」

――ああ、まただ三成らしからぬことを

 三成は頷きもせずただただ見つめる兼続に腕を伸ばすと、その頬を包んで顔をよせた。唇と唇が触れそうになるその瞬間、兼続は目を閉じた。

 しかし唇どうしが触れ合う事はなく、兼続は不安になって目を開けた。すると己は何故が褥の中に居る、先ほどまで縁側で夕日を見ながら座っていたはずなのに。妙な夢を見ているのか。やはりどうかしている、慶次が亡くなった事が相当にこたえているのだろう、そんな事を考えていると褥の後ろがもぞりと動いて人の気配がある事に兼続は驚いて声を上げた。

「何だ、怪にでも触れられたような声をあげて」

振り向けば、不機嫌そうに言いながら乱れた赤毛をかきあげる三成の姿が視界に入る

――まだ夢の中なのか……

呆然とする兼続に又、三成が顔を近づけてくる。今度は本当に唇どうしが触れた。夢とは思えぬ、そう思っているとこれまた夢とは思えぬような感触が腿に這う。三成が手を滑らせてきたのだ。

「三成」
「昨日の事は忘れろ。もうあの様な無様はせぬ」

昨日?はて何の話だ、そう思ったが兼続は次の瞬間思い出した。そうだ、昨日は幸村と三成と慶次と左近の五人で飲んでいた。いつもは必ず兼続の横に陣取る三成だが昨日は三成だけ仕事で遅くに顔を出した。そしてその頃には幸村は殆どつぶれており、あの慶次も随分酔っていた。
酔った慶次は何かと兼続によっかかりその体に触れる。いや、酔った慶次のいつもの事で、それが今日たまたま兼続が隣にいた、それだけの話だったのだが、疲れて不機嫌だった三成はそれが気に入らず、他の者が寝静まった後兼続を怒鳴りつけた。
大体以前から前田とは近すぎるとか、兼続の性格を考えればありえぬ事だと分かっていたが、それでも一度怒り出したら止まらず、勢いで前田とは俺に言えない関係なのではないかとまで言ってしまった。
 さすがにこの一言に兼続も腹が立って怒りながら屋敷に帰った。
 そして今日、三成が謝りに来たのである。
 謝るのが得意でない三成の性格を知っている兼続はすぐに三成を許した。何せ許さなければ、自分が面白くないから

 そして今があった

「兼続……」
三成の手が兼続の体中をすべり愛撫を施していく
「ん……三…成…」

そうだこの日はこうして明け方まで睦み合っていたのを兼続は”覚えている”。





「三成」
「何だ」
「今日は何日だ?」
「十九日だ」
「何年、何月だ?」
「どうした兼続、呆けたか」
「……いや。すまぬ」

兼続には誠に奇妙であった、覚えのあるような事が次々と起こる。夢を見ているのかと思ったが夢というにはあまりに現実的であり、そして覚める気配もない。
そう言えば少し前にもそんな夢を見た気がする、自分は随分と草臥れた風に歳をとって、慶次が亡くなる。そんな夢も見た、あれも真のような夢だったが……、などと首をひねる。




 しかし、それからいくらもしないうちそんな事に思考を巡らせる余裕は無くなってしまった。
太閤秀吉が没し、天下がまた揺れ始めた。
徳川家康が心に隠し持っていた野心を露にし出したのだ。三成は当然これに立ち向かうべく立ち上がった。

 兼続は知っていた……いや、奇妙にも”覚えている”そんな気がしてならなかった。

「三成、家康の不義決して許されぬ。だが今奴に刃を向けるは得策であろうか」
「……分からぬ、わからぬが俺の行く道はもう決まっている」

この所兼続と三成はそんな会話を繰り返していた。
このままではきっと良くない結果がこの先に待っている、兼続は何とか三成を説得できないかと首をひねったが、三成の固い決意を変える事はかなわなかった。
そしてそんな日の夜、兼続はまた夢を見た。
何やら三成が、三成らしからぬ必死の形相で語りかけてくる

『兼続、道を誤るな。俺がお前を愛する気持ちは変わらぬ。何があってもだ、だから……』

――ああ、いつだったか……前にも三成がそんな事を言っていた気がする…

ぼんやりと兼続はそう思うのだったが、三成の声はやがて薄れていって聞こえなくなってしまった。



そして翌日、上杉家は領国の整備をする為米沢に引き上げた



慶長五年 九月

長谷堂上を落としにかかる兼続の元へ伝令が走って来た
「石田三成様、関が原にて敗北!」



――ああ、やはり

兼続はやはり己は知っていたのだと思った。
目の前が段々と暗くなって、体が闇に覆われていくような感覚に兼続は眩暈を覚えた。


『何故だ、兼続……』
耳元で囁く愛する人の声に兼続は我に返った。
そこには先程まで眺めていた夕焼けがあった。

「三成……、すまぬお前がくれた時を無駄にしてしまった様だ」

己の隣にいた愛する人の姿はゆらめく影のように随分と頼りなく薄くなっていた

「私は勝手な男なのだ。民の幸福よりも、国の安泰よりも……お前を裏切ったという罪悪感に苛まれながら生きる方が耐えられぬと思ったのだ。お前の貫きたかった信念と、せめてお前の最後の瞬間までは共に居たいと思ったのだ……」

そう言った兼続の瞳から敗戦より始めて一粒の涙がこぼれ落ちた。

三成の影はその涙を拭うように手を伸ばしたが兼続の頬に触れる前にそれは消えてしまった。



兼続はいつまでも影の消えた空を見つめ続けた